この記事の要点
- スタートアップ企業の資金調達手段としてのコンバーティブルノートとコンバーティブルエクイティについて、基本的な仕組みから実務での活用方法まで体系的に解説しています。
- 両者の法的性質、価格設定、転換条件など具体的な違いを説明しながら、日本と米国での実務上の特徴や留意点を詳しく比較検討しています。
- 企業のステージや将来の資金調達計画に応じた最適な選択基準を示し、契約実務から投資家との関係構築まで実践的なポイントを網羅しています。

1. コンバーティブルファイナンスの基礎知識
1-1. スタートアップ企業の資金調達手段の全体像
スタートアップ企業における資金調達手段は、創業初期のシードラウンドから、シリーズA以降の本格的な資金調達まで、成長段階に応じて多様な選択肢が存在します。
伝統的な資金調達手法である株式投資や融資に加え、近年ではコンバーティブル型の投資スキームが注目を集めています。このスキームは、将来の株式転換権を組み込んだ柔軟な資金調達手段として位置づけられています。
株式による資金調達は、初期段階での企業価値評価が困難な場合に課題となる一方で、融資では返済負担が経営を圧迫する可能性があります。これらの課題に対応するため、コンバーティブル型の投資手法が開発されました。
企業価値の評価が難しい創業期において、投資家と起業家の双方にとって合理的な投資スキームとして、コンバーティブルノートやコンバーティブルエクイティが活用されています。
1-2. コンバーティブルノートとは
コンバーティブルノートは、将来の株式転換権が付与された負債性の金融商品として定義されています。
この投資手法では、満期までに次回資金調達ラウンドが実施された場合、投資額が株式に転換される仕組みが設計されています。投資家は通常、転換時に割引価格での株式取得や金利収入を得る権利を有しています。
株式転換のタイミングまでは負債として扱われるため、議決権などの株主としての権利は発生しません。一方で、満期が設定されており、転換条件が満たされない場合は元本の返済義務が生じる特徴があります。
投資家にとっては、将来の株式取得機会を確保しながら、当面は債権者としての地位を維持できるメリットがあります。起業家側では、即座の株式発行を回避しながら機動的な資金調達が可能となります。
1-3. コンバーティブルエクイティとは
コンバーティブルエクイティは、将来の株式転換権を持つ投資契約であり、負債としての性質を持たない金融商品として位置づけられています。
この投資スキームでは、次回の資金調達ラウンドにおいて自動的に株式へ転換される権利が設定されており、満期や利息の概念は存在しません。投資家は将来の株式取得に関する権利を保有しますが、転換までは株主としての権利は制限されています。
株式転換時には、通常のエクイティ投資と同様に、投資時に取り決めた条件に基づいて株式が発行されます。この際、バリュエーションキャップやディスカウント率などの優遇条件が適用されることが一般的です。
1-4. SAFEとKISSの概要と特徴
SAFEは、Y Combinatorが開発した標準化された投資契約フォーマットで、シンプルな構造と柔軟な転換条件が特徴となっています。負債としての性質を持たず、満期や利息の設定が不要な点で、コンバーティブルエクイティの代表的な形態として認識されています。
KISSは、500 Startups が提唱した投資スキームであり、負債型と株式型の2つのバリエーションを提供しています。SAFEと比較してより詳細な権利義務関係が規定されており、投資家保護の観点から各種条項が盛り込まれています。
両スキームとも、スタートアップ企業の初期段階における迅速な資金調達を可能にする標準的な投資手法として、グローバルに普及しています。標準化された契約フォーマットを採用することで、交渉コストの削減と手続きの簡素化を実現しています。
なお、日本においては、これらの海外発の投資スキームを参考に、J-KISSなどの国内向けの標準契約が開発されています。法制度の違いに対応しながら、グローバルスタンダードに準拠した投資手法の導入が進められています。
2. コンバーティブルノートとエクイティの主要な違い
2-1. 法的性質と権利関係の違い
コンバーティブルノートとコンバーティブルエクイティは、法的な性質において本質的な違いを有しています。コンバーティブルノートは金銭消費貸借契約としての性質を持ち、元本返済義務が発生する負債性金融商品として位置づけられています。
一方、コンバーティブルエクイティは投資契約としての性質を持ち、返済義務を伴わない投資型の金融商品です。投資家は将来の株式取得権を保有しますが、転換までの期間は株主としての権利は制限されています。
権利関係においても、コンバーティブルノートの投資家は債権者としての地位を有し、満期到来時の元本返済請求権や利息請求権を保有します。コンバーティブルエクイティの投資家は、債権者としての権利は持たず、将来の株式取得に関する権利のみを保有します。
2-2. 満期と利息の有無
コンバーティブルノートでは、一般的に3年から5年程度の満期が設定され、年率5%から8%程度の利息が付与されることが多い傾向にあります。満期到来時に株式転換が実行されていない場合、投資家は元本と経過利息の返済を請求する権利を有します。
これに対し、コンバーティブルエクイティには満期の概念が存在せず、利息も発生しません。投資資金は次回の資金調達ラウンドまで企業に留保され、株式転換時まで投資家への金銭的な支払い義務は生じません。
この構造の違いは、特にスタートアップ企業のキャッシュフロー管理に大きな影響を与えます。コンバーティブルノートでは定期的な利息支払いや満期時の返済に備える必要がある一方、コンバーティブルエクイティではそうした金銭的な負担を考慮する必要がありません。
2-3. 転換条件と価格設定の仕組み
転換価格の設定方法は、両スキーム間で類似した仕組みを採用していますが、具体的な条件設計には重要な違いが存在しています。
コンバーティブルノートでは、次回資金調達ラウンドでの転換価格に対して、一般的に15%から25%程度のディスカウントが適用されます。バリュエーションキャップと呼ばれる企業価値の上限を設定し、実際の企業価値評価額がこれを上回った場合でも、投資家は有利な価格での転換権を確保できる仕組みとなっています。
コンバーティブルエクイティにおいても、同様のディスカウントやバリュエーションキャップの仕組みが採用されていますが、負債性を持たない性質上、より柔軟な条件設計が可能です。
2-4. 株主としての権利と義務の違い
コンバーティブルノートの投資家は、株式転換までの期間、基本的に債権者としての地位を有しています。議決権や配当請求権などの株主としての権利は発生せず、情報アクセス権も限定的な範囲にとどまります。
一方、コンバーティブルエクイティの投資家は、株式転換前であっても投資契約に基づいて一定の株主類似の権利を保有することがあります。経営情報へのアクセス権や重要事項への拒否権など、投資家保護の観点から各種権利が付与されるケースが見られます。
株式転換後は、両スキームとも通常の株主としての権利を取得しますが、転換までの期間における権利の範囲と性質には、このような本質的な違いが存在しています。投資家との関係構築や企業統治の観点から、この違いは重要な検討要素となります。
3-3. 転換価格の計算方法(続き)
転換価格の計算においては、次回調達ラウンドの株価を基準として、ディスカウント価格とキャップ価格を算出します。ディスカウント価格は、調達ラウンドの株価にディスカウント率を適用して計算されます。
キャップ価格は、バリュエーションキャップを転換時の発行済株式数で除して算出されます。このプロセスでは、ストックオプションやその他の潜在株式も考慮に入れた完全希薄化ベースでの計算が一般的となっています。
3-4. 企業価値評価の実務的アプローチ
スタートアップ企業の企業価値評価においては、伝統的な財務指標による評価が困難なケースが多く見られます。実務では、類似企業比較法や将来キャッシュフローの予測に基づく評価手法が活用されています。
シード期やアーリー期の企業については、市場規模、成長率、競争優位性、経営チームの実績など、定性的な要素を重視した評価アプローチが採用されることが一般的です。
投資家との交渉においては、事業計画の実現可能性や成長シナリオの説得力が重要な判断材料となります。特に、収益化までの時間軸や必要資金額の妥当性について、客観的なデータに基づく説明が求められています。
4. 法務・会計・税務の実務
4-1. 契約書作成の重要ポイント
投資契約書には、転換条件や投資家の権利義務関係など、重要な取り決めが網羅的に記載されます。特に、転換トリガーとなる次回調達の定義や、転換価格の算定方法については、明確かつ詳細な規定が必要とされています。
投資家保護条項として、重要事項への拒否権(拒否権付与事項)や情報アクセス権などが規定されることが一般的です。一方で、過度に制約的な条項は企業経営の柔軟性を損なう可能性があり、バランスの取れた設計が重要となります。
4-2. 会計処理の基本的な考え方
コンバーティブルノートは負債性金融商品として会計処理されるため、貸借対照表上は固定負債として計上されます。利息の発生が約定されている場合、発生基準に基づいて利息費用が計上されることになります。
コンバーティブルエクイティについては、株式転換権を表象する金融商品として、純資産の部に計上されるケースが一般的です。ただし、具体的な会計処理方法については、契約内容の実質に応じて判断が必要とされています。
転換時の会計処理においては、転換価格の算定や株式発行に伴う払込資本の計上など、複雑な実務上の論点が存在します。特に、ディスカウントやバリュエーションキャップの適用による転換価格の調整については、慎重な会計処理が求められます。
4-3. 税務上の取り扱いと注意点
コンバーティブルノートにおける利息の支払いは、法人税法上の損金として処理されます。一方で、株式転換時における評価差額の取り扱いについては、個別の状況に応じた判断が必要となります。
株式転換に伴う資本金および資本準備金の増加は、法人税法上の資本取引として取り扱われます。ただし、転換時の価格設定や条件によっては、課税関係が生じる可能性があることに留意が必要です。
4-4. コンプライアンス上の留意事項
投資スキームの設計においては、金融商品取引法をはじめとする関連法令との適合性を慎重に検討する必要があります。特に、投資家の属性や募集の態様によっては、開示規制や業規制の対象となる可能性があります。
投資家との契約関係においては、説明義務や情報提供義務など、法令上求められる各種義務の履行が重要となります。特に、リスク情報の開示については、十分な配慮が必要とされています。
5. 日本市場での活用のポイント
5-1. J-KISSの特徴と標準的な設計
J-KISSは、日本の法制度や商習慣に適合するよう設計された投資契約のひな形として位置づけられています。海外のSAFEやKISSの基本構造を維持しながら、日本の会社法や金融商品取引法との整合性を確保しています。
投資上限額や転換条件など、主要な契約条項については、日本の実務慣行に即した標準的な設計が提案されています。特に、株式転換時の手続きや既存株主との調整方法については、日本の法制度に沿った具体的な規定が盛り込まれています。
5-2. 経済産業省ガイドラインの要点
経済産業省が公表しているガイドラインでは、スタートアップ企業の資金調達に関する実務指針が示されています。コンバーティブル型投資についても、契約条項の設計から実務上の留意点まで、包括的な指針が提供されています。
投資家保護と企業の機動性確保のバランス、既存株主の利益保護、情報開示の在り方など、重要な論点について具体的な考え方が示されています。ガイドラインの内容は、実務における標準的な参照枠組みとして広く活用されています。
5-3. 日本特有の法的制約と対応策
日本の会社法では、株式発行に関する厳格な手続き要件が定められています。コンバーティブル型投資の設計においては、これらの法的要件との整合性を確保しつつ、柔軟な転換条件を設定することが求められています。
投資家の権利保護についても、日本の法制度に即した適切な設計が必要となります。特に、少数株主保護の観点から、拒否権付与事項や情報アクセス権の設定には慎重な検討が必要とされています。
5-4. 国内投資家との交渉のポイント
国内投資家との交渉においては、投資スキームの基本的な理解から具体的な条件設計まで、丁寧な説明と合意形成のプロセスが重要となっています。特に、伝統的な株式投資との違いや、将来の株式転換に関する諸条件については、詳細な説明が必要とされています。
バリュエーションキャップやディスカウント率の設定については、国内市場における一般的な水準を参考としながら、個別案件の特性に応じた適切な条件設計を行うことが求められています。過度に複雑な条件設計は避け、投資家にとって理解しやすい構造とすることが推奨されています。
6. 戦略的な選択と意思決定
6-1. 事業ステージに応じた選択基準
シード期においては、企業価値評価の難しさや将来の不確実性から、コンバーティブル型投資が特に有効な選択肢となります。この段階では、事業計画の実現可能性や成長ポテンシャルが主要な判断基準となります。
アーリー期以降は、一定の実績や将来予測に基づく企業価値評価が可能となるため、通常の株式投資との比較検討が重要となります。成長速度や資金需要の特性に応じて、最適な資金調達手段を選択することが求められています。
6-2. 将来の資金調達への影響分析
コンバーティブル型投資の採用は、将来の資金調達ラウンドに大きな影響を与える可能性があります。特に、バリュエーションキャップの設定水準は、次回以降の投資家との価格交渉における重要な参照点となります。
6-2. 将来の資金調達への影響分析(続き)
複数のコンバーティブル型投資を並行して実施する場合、転換条件の整合性や優先順位の設定が重要な検討事項となります。各投資家との条件交渉においては、将来の資本政策全体を見据えた戦略的な判断が必要とされています。
希薄化の影響についても、慎重な分析が求められます。株式転換時の発行株式数や所有構造の変化を事前に想定し、既存株主との利害調整を含めた包括的な検討を行うことが重要です。
6-3. 既存株主への影響と調整方法
既存株主に対しては、コンバーティブル型投資の導入意義や具体的な条件について、十分な説明と合意形成が必要となります。特に、将来の株式転換による持分比率の変動については、具体的な数値に基づく説明が求められています。
株主総会での承認や既存株主との事前調整など、必要な社内手続きを適切に実施することが重要です。場合によっては、既存株主に対する新株予約権の付与など、持分比率の維持を可能とする措置を検討することも必要となります。
6-4. 投資家との関係構築戦略
投資家との長期的な関係構築の観点から、単なる資金調達手段としてだけでなく、事業成長のパートナーとしての関係性を構築することが重要となります。定期的な情報共有や戦略的アドバイスの提供など、投資家の知見やネットワークを活用する体制づくりが求められています。
投資契約の履行状況や事業の進捗状況について、適切な情報開示とコミュニケーションを維持することが、良好な関係構築の基礎となります。特に、重要な経営判断や事業戦略の変更については、事前の協議や説明を通じて投資家の理解を得ることが推奨されています。
7. グローバル展開時の留意点
7-1. 米国市場との違いと対応
日本と米国では、コンバーティブル型投資に関する法制度や実務慣行に大きな違いが存在しています。米国では、SAFEやKISSなどの標準的な投資スキームが広く普及しており、市場参加者の間で共通の理解が形成されています。
日本企業が米国市場での資金調達を検討する場合、現地の投資家が求める標準的な条件設計や契約実務への対応が必要となります。特に、デラウェア州法に基づく会社設立や、現地の法律事務所との連携体制の構築が重要な検討事項となっています。
7-2. クロスボーダー取引の実務
クロスボーダー取引においては、適用法令や管轄裁判所の選択、為替リスクへの対応など、複数の実務的な課題が存在します。各国の証券規制や投資規制との整合性を確保しつつ、投資スキームを設計することが求められています。
国際的な投資取引では、英文契約書の作成や準拠法の選択、紛争解決手段の設定など、法務面での専門的な対応が必要となります。特に、投資家保護条項や情報開示義務については、関連法域の規制要件を慎重に検討することが重要です。
7-3. 海外投資家対応の特徴
海外投資家は、グローバルスタンダードに即した投資条件や契約実務を求める傾向が強く見られます。投資家との交渉においては、国際的な市場慣行への理解と対応力が重要な要素となっています。
コーポレートガバナンスや情報開示の在り方についても、グローバルな基準への適合が求められます。取締役会の構成や監査体制の整備、定期的な財務報告の提供など、組織体制の整備が必要とされています。
7-4. 国際的な契約実務のポイント
国際的な投資契約においては、英文による契約書作成が標準となっています。契約書の構成や用語の定義、重要条項の記載方法については、国際的な実務慣行に準拠した対応が求められています。
特に重要な契約条項として、準拠法や管轄裁判所の選択、表明保証条項、優先交渉権や共同売却請求権などの株主間契約に関する規定が挙げられます。これらの条項については、各法域の法制度との整合性を慎重に検討する必要があります。
また、投資家の権利保護に関する条項についても、国際的な市場基準を踏まえた設計が重要となります。情報アクセス権や取締役選任権、拒否権付与事項など、重要な権利の内容と範囲を明確に規定することが求められています。
8. まとめ
コンバーティブルノートとコンバーティブルエクイティは、スタートアップ企業の成長段階に応じた柔軟な資金調達を可能とする重要な投資手法として確立されています。両スキームの特徴と違いを理解し、事業戦略や将来の資本政策との整合性を考慮しながら、最適な選択を行うことが重要です。
実務面では、法務・会計・税務の各側面からの慎重な検討が必要となります。特に、日本市場における活用においては、国内の法制度や実務慣行との整合性を確保しつつ、グローバルスタンダードにも対応した設計を行うことが求められています。
投資家との関係構築においては、単なる資金調達手段としてだけでなく、長期的な成長パートナーとしての関係性を構築することが重要です。適切な情報開示とコミュニケーションを通じて、相互理解と信頼関係を醸成することが、持続的な企業価値向上の基盤となります。

関連記事
企業の資金調達:デットファイナンスとエクイティファイナンスの違い企業の成長段階に応じた選び方
J-KISSとコンバーティブルエクイティ:初期段階資金調達の比較と選択