資金調達

サステナビリティ・リンク・ボンドの活用法:ESG時代の新しい資金調達手段

2025.01.30

この記事の要点

  1. 本記事は、ESG時代における新しい資金調達手段であるサステナビリティ・リンク・ボンドについて、基本的な仕組みから実務上の留意点まで、体系的に解説しています。
  2. 企業の財務担当者や実務者向けに、SPTsやKPIの設定方法、発行プロセス、コスト設計、情報開示など、実践的なノウハウを具体例を交えて詳しく説明しています。
  3. グローバルスタンダードへの対応や長期的な企業価値向上につながる活用法まで網羅し、ESG経営時代における戦略的な資金調達の方法論を提供します。

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1. サステナビリティ・リンク・ボンドの基礎知識

1-1. サステナビリティ・リンク・ボンドとは

サステナビリティ・リンク・ボンド(以下、SLB)は、発行企業が事前に設定したサステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(SPTs)の達成状況に応じて金融条件が変動する債券です。

このSLBは、企業の環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みと資金調達を結びつけた革新的な金融商品として注目を集めています。

SPTsには、温室効果ガス排出量の削減目標や再生可能エネルギーの導入率など、企業のサステナビリティ戦略における重要な指標(KPI)が設定されます。

従来のグリーンボンドやソーシャルボンドとは異なり、調達資金の使途は一般事業目的であり、特定のプロジェクトに限定されません。発行企業は柔軟な資金活用が可能となっています。

1-2. 従来の社債との違い

従来の普通社債は、発行時に定められた条件が償還まで固定されるのが一般的な特徴でした。

これに対してSLBは、SPTsの達成度に応じて金利などの条件が変動する仕組みを持っています。SPTsを達成できない場合は金利が上昇する、あるいは達成した場合に金利が低下するといったインセンティブ構造が組み込まれているのです。

このような変動条件の設定により、発行企業はサステナビリティ目標の達成に向けた強い動機付けを得ることができます。

1-3. ESG投資における位置づけ

サステナビリティ・リンク・ボンドは、ESG投資市場において重要な投資対象として位置づけられています。ESG投資家にとって、企業のサステナビリティへの取り組みを評価・支援する有効な手段となっているのです。

特に機関投資家は、投資先企業の環境・社会課題への取り組みを重視する傾向を強めており、SLBはその評価指標の一つとして注目を集めています。

SPTsの設定と達成状況は、企業のESGへの取り組みを定量的に評価する基準として活用されており、投資判断における重要な要素となっています。

1-4. グリーンボンドとの違いと特徴

グリーンボンドは調達資金の使途を環境改善プロジェクトに限定する一方、SLBは資金使途に制限を設けない点が大きな違いです。

グリーンボンドが個別プロジェクトの環境性能を重視するのに対し、SLBは企業全体のサステナビリティ戦略とその達成度を評価対象としています。

この特徴により、環境関連プロジェクトを持たない企業でもSLBを活用してESG投資市場にアクセスすることが可能となっています。

2. 発行のメリットと市場動向

2-1. 発行企業のメリット

SLB発行のメリットは、サステナビリティ目標達成へのコミットメントを市場に示すことで、企業価値の向上につながる点にあります。

ESG投資家からの注目度が高まることで、投資家層の拡大と資金調達手段の多様化が実現できます。

SPTs達成時の金利低下というインセンティブ設計により、全社的なサステナビリティへの取り組みを促進する効果も期待できます。

さらに、社内におけるESG経営の浸透や、ステークホルダーとのエンゲージメント強化にも寄与する効果があります。

2-2. 投資家から見た魅力

機関投資家にとってSLBは、企業のサステナビリティ戦略への本気度を測る重要な指標となっています。SPTsの達成状況を通じて、投資先企業のESGへの取り組みを定量的に評価することが可能です。

SLBへの投資は、年金基金や保険会社などの長期投資家にとって、運用ポートフォリオにおけるESG要素の組み込みを実現する有効な手段となっています。

投資家は企業のサステナビリティ目標への進捗状況を継続的にモニタリングすることで、投資判断の精度を向上させることができます。

2-3. グローバル市場の動向

グローバル市場におけるSLBの発行額は、2020年以降急速な拡大を見せています。欧米を中心に、多様な業種の企業がSLBを活用した資金調達を実施しています。

発行条件の標準化や評価基準の確立が進み、市場の透明性と流動性は着実に向上しています。

特に欧州市場では、EUタクソノミーとの整合性を意識したSLBの組成が増加傾向にあります。

2-4. 日本市場の現状と特徴

日本市場におけるSLB発行は、製造業や電力・ガス業界を中心に着実な広がりを見せています。温室効果ガス排出量の削減目標をSPTsに設定するケースが多く見られます。

国内の機関投資家もESG投資の一環として、SLBへの投資を積極化させています。

日本企業の発行事例では、SPTsとして環境面の目標設定が主流となっていますが、社会面の目標を組み込む事例も徐々に増加しています。

3. 発行プロセスと実務

3-1. 発行前の準備と社内体制の整備

サステナビリティ・リンク・ボンドの発行にあたり、まず全社的な推進体制の構築が不可欠となります。財務部門を中心に、サステナビリティ推進部門、IR部門、経営企画部門などが連携した横断的な体制が求められます。

社内体制の整備においては、SPTsの設定と達成に向けたモニタリング体制の確立が重要な要素となります。データ収集や分析、報告の体制を事前に整備することで、発行後の円滑な運営が可能となります。

経営陣の関与も重要な要素です。SPTsの設定や進捗管理において、経営層の明確なコミットメントが投資家からの信頼獲得につながります。

3-2. SPTsとKPIの設定方法

SPTsの設定においては、企業の中長期的な経営戦略やサステナビリティ目標との整合性が重要となります。野心的かつ実現可能な目標設定が求められます。

KPIの選定では、定量的な測定が可能で、第三者による検証が可能な指標を採用することが望ましいとされています。

特に温室効果ガス排出量削減や再生可能エネルギー導入率などの環境関連指標は、国際的な比較が可能な指標として広く採用されています。

3-3. フレームワークの策定と第三者評価

フレームワークの策定では、国際資本市場協会(ICMA)のサステナビリティ・リンク・ボンド原則に準拠した内容とすることが一般的です。

第三者評価機関による評価取得は、投資家からの信頼性確保において重要な要素となります。評価機関の選定においては、国際的な認知度や評価実績を考慮することが重要です。

3-4. 投資家向け説明資料の作成ポイント

投資家向け説明資料においては、SPTsの設定根拠や達成に向けた具体的な取り組みを明確に示すことが重要です。企業の経営戦略における位置づけや、目標達成への道筋を具体的に説明することが求められています。

特に機関投資家向けには、財務的なインパクトとサステナビリティ目標の関連性について、定量的なデータを交えた説明が効果的となります。

資料作成においては、グローバルな投資家の目線を意識し、国際的なイニシアチブやフレームワークとの整合性にも言及することが望ましいとされています。

4. 資金調達コストと条件設計

4-1. 金利条件の設計方法

金利条件の設計においては、SPTsの達成状況に応じた変動幅を適切に設定することが重要となります。一般的な変動幅は、達成・未達成時にそれぞれ0.1%~0.25%程度の範囲で設定されています。

金利条件の設計には、市場環境や企業の信用力、SPTsの野心度などが総合的に考慮されます。投資家にとって魅力的な水準となるよう、引受証券会社との綿密な協議が必要です。

特に重要となるのは、SPTsの達成判定時期と金利変動のタイミングを明確に定めることです。判定時期は通常、年次での評価が一般的となっています。

4-2. SPTs達成時・未達時の条件変動

SPTs達成時と未達時の条件変動については、事前に明確な定義と判定基準を設定することが求められます。部分的な達成の場合の取り扱いについても、詳細な規定が必要となります。

条件変動の発生タイミングは、通常SPTsの判定時期の翌利払い期日からとされることが一般的です。この変動メカニズムについては、目論見書等で明確に開示する必要があります。

4-3. コスト比較と財務インパクト

サステナビリティ・リンク・ボンドの資金調達コストは、通常の社債と比較して発行時の事務コストが上乗せされる傾向にあります。第三者評価機関への手数料やフレームワーク策定費用などが追加的に発生します。

中長期的な視点では、SPTs達成による金利低下のメリットと、達成に向けた投資コストとのバランスを考慮する必要があります。財務計画においては、これらのコストとベネフィットを総合的に評価することが求められています。

4-4. リスクヘッジの方法

SPTsが未達成となった場合の金利上昇リスクに対しては、適切なヘッジ戦略の構築が重要となります。金利スワップ等のデリバティブ取引の活用や、適切な償還期間の設定などが検討対象となります。

また、SPTs達成に向けた投資計画との整合性を図ることで、オペレーショナルなリスクを低減することも可能です。中長期的な設備投資計画との連動が効果的とされています。

5. 発行後の実務と継続的な取り組み

5-1. レポーティングと情報開示

発行後は、SPTsの進捗状況に関する定期的な情報開示が求められます。年次報告書やサステナビリティレポートにおいて、目標達成に向けた取り組みの進捗を詳細に報告することが一般的です。

特に投資家向けには、財務情報とESG情報を統合的に開示することで、企業価値向上への取り組みを効果的に説明することが可能となります。

5-2. SPTs達成に向けたモニタリング体制

SPTsの達成状況を継続的にモニタリングする体制の構築が不可欠です。データ収集から分析、報告までの一連のプロセスを確立し、適切な進捗管理を実施することが求められます。

5-3. 投資家とのエンゲージメント方法

投資家との対話においては、SPTsの進捗状況に加えて、目標達成に向けた具体的な取り組みや課題についても積極的な情報共有が重要となります。

定期的な投資家向け説明会やIRミーティングにおいて、ESG戦略全体における位置づけや、中長期的な価値創造との関連性について説明することが効果的です。

特に機関投資家との対話では、定量的なデータを活用した詳細な進捗報告と、将来的な目標達成に向けたロードマップの共有が求められています。

5-4. 追加発行に向けた準備

追加発行を検討する際は、既存のSPTsの達成状況や市場環境の変化を総合的に評価することが重要です。初回発行時の経験を活かし、より効果的な条件設計や体制整備を行うことが可能となります。

特に重要となるのは、新規のSPTs設定における野心度の向上です。投資家からの期待に応えるため、より高次の目標設定が求められる傾向にあります。

6. 実践的な活用戦略

6-1. 業種別の最適なKPI設定例

製造業においては、CO2排出量の削減目標や再生可能エネルギーの使用率が主要なKPIとして採用されています。生産プロセスの効率化や環境負荷低減に向けた具体的な数値目標の設定が一般的です。

サービス業では、従業員の多様性指標や顧客満足度など、社会面のKPIを組み込む事例が増加しています。企業の特性に応じた独自の指標設定が可能となっています。

金融機関の場合、投融資ポートフォリオにおける環境関連事業の比率や、サステナブルファイナンスの実行額などが採用されています。

6-2. 他の資金調達手段との組み合わせ

サステナビリティ・リンク・ボンドは、他の資金調達手段と組み合わせることで、より効果的な資金調達戦略を構築することが可能です。

グリーンボンドとの併用により、環境関連プロジェクトの資金を確保しながら、全社的なサステナビリティ目標の達成にも取り組むことができます。

またサステナビリティ・リンク・ローンとの組み合わせにより、債券と融資の双方で一貫したSPTsを設定することで、より強固なコミットメントを示すことが可能となります。

6-3. グローバルスタンダードへの対応

国際的なイニシアチブやフレームワークとの整合性確保は、グローバル投資家からの評価において重要な要素となります。

特にEUタクソノミーやTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などの国際基準との整合性を意識したSPTs設定が求められています。

6-4. 長期的な企業価値向上への活用法

サステナビリティ・リンク・ボンドは、単なる資金調達手段としてだけでなく、企業価値向上のための戦略的なツールとして活用することが重要です。

SPTsの達成に向けた取り組みを通じて、事業構造の転換や競争力強化を図ることが可能となります。

7. まとめ

サステナビリティ・リンク・ボンドは、ESG時代における革新的な資金調達手段として、今後さらなる市場拡大が期待されています。

発行企業にとっては、資金調達とサステナビリティ戦略を結びつける有効なツールとなり、投資家との建設的な対話を促進する効果も期待できます。

今後は、より野心的なSPTsの設定や、社会面の目標設定の拡大など、さらなる発展が予想されます。企業価値向上に向けた戦略的な活用が求められています。

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