資金調達

MM理論とは:現代の資金調達戦略における理論的基盤

2025.02.17

この記事の要点

  1. この記事では、MM理論の基本命題から最適資本構成の考え方まで体系的に理解でき、企業価値と資金調達戦略の関係性について深い洞察が得られます。
  2. 複雑な財務理論を具体的な計算例と共に学ぶことができるため、中小企業診断士試験やファイナンス関連資格試験の対策にも役立つ知識を身につけることができます。
  3. 日本企業の資本構成の特徴や実践事例も解説されているため、理論の実務応用や自社の財務戦略立案に活かせる実践的な視点を獲得できます。

目次

ATOファクタリング

1. MM理論の基礎知識

1-1. MM理論とは – 概要と重要性

MM理論は、企業金融の分野において最も影響力のある理論の一つとして広く認知されています。この理論は、企業の資本構成と企業価値の関係性について体系的に説明する理論的枠組みを提供しました。

MM理論の名称は、この理論を1958年に発表したフランコ・モディリアーニとマートン・ミラーの頭文字から取られています。両氏はこの理論的貢献により、後にノーベル経済学賞を受賞しました。

企業が資金調達を行う際、株式発行による自己資本と借入や社債発行による他人資本(負債)をどのような比率で組み合わせるかという問題は、経営者にとって常に重要な意思決定事項です。MM理論は、特定の条件下においては、企業がどのような資本構成を選択しても企業価値に影響を与えないという革新的な視点を提示しました。

この理論は現代のコーポレートファイナンスの基礎となる考え方を形成し、企業の資金調達戦略に関する議論の出発点として今日も重要な位置を占めています。

1-2. MM理論の創始者 – モディリアーニとミラーの功績

フランコ・モディリアーニとマートン・ミラーは、1950年代に資本構成に関する伝統的な見解に疑問を呈し、数理的なアプローチによって新たな理論を構築しました。

モディリアーニは1985年にノーベル経済学賞を受賞し、ミラーは1990年に同賞を受賞しています。彼らの研究は、企業金融の分野に厳密な理論的基盤をもたらした点で画期的でした。

彼らが1958年に発表した論文「資本コスト、企業金融、投資理論」は、企業金融研究の分野において最も引用される論文の一つとなっています。この論文では、完全市場という仮定の下で、企業価値は資本構成ではなく、企業の実物資産から生み出される将来キャッシュフローによって決定されるという命題が提示されました。

モディリアーニとミラーの研究は、それまで主観的・経験的だった企業の資金調達に関する議論に理論的な精緻さをもたらし、後の研究者たちが企業金融の理論を発展させる基盤となりました。

1-3. 資本構成と企業価値の関係性

資本構成とは、企業が事業活動を行うために調達した資金の構成比率を指します。具体的には、自己資本(株主資本)と他人資本(負債)の組み合わせのことです。

伝統的な企業金融の考え方では、適切な負債と株主資本の比率を選択することで、企業の資本コストを最小化し、企業価値を最大化できるとされてきました。この考え方によれば、負債は一般的に株主資本よりもコストが低いため、適度な負債の活用は企業価値を高めるとされていました。

MM理論はこの伝統的な見解に挑戦し、特定の条件下では資本構成の選択は企業価値に影響を与えないという新たな視点を提示しました。MM理論によれば、市場が完全で効率的である場合、企業価値は将来のキャッシュフローの現在価値によってのみ決定され、そのキャッシュフローをどのように株主と債権者に配分するかは関係ないというものです。

この理論的枠組みは、企業の資金調達戦略を考える上での出発点となり、現実の市場における様々な不完全性を考慮に入れた発展的な理論の基礎となっています。

2. MM理論の基本命題

2-1. 第一命題 – 完全資本市場における資本構成と企業価値

MM理論の第一命題は、理想的な条件下においては、企業の総価値は資本構成に関わらず一定であるという主張です。つまり、企業が負債と株主資本をどのように組み合わせても、企業の総価値は変わらないというものです。

数式で表すと、V<sub>L</sub> = V<sub>U</sub> となります。ここでV<sub>L</sub>は負債を利用している企業の価値、V<sub>U</sub>は負債を利用していない(無借金の)企業の価値を示しています。

この命題が成立する理由は、裁定取引の考え方に基づいています。もし負債を利用している企業の価値が、同じ事業リスクを持つ無借金企業の価値より高くなるならば、投資家は無借金企業の株式を購入し、個人レベルで借入を行うことで同じキャッシュフローを得ることができます。このような投資家の行動により、市場では両企業の価値は均衡に向かいます。

第一命題は、企業価値が企業の投資決定から生じるキャッシュフローによって決まり、そのキャッシュフローの資金調達方法(資本構成)によって変わるものではないという重要な洞察をもたらしました。

2-2. 第二命題 – 負債比率と株主資本コスト

MM理論の第二命題は、企業の株主資本コスト(株主が要求する収益率)は、負債比率の上昇に伴って直線的に増加するというものです。これは、企業が負債を増やすほど、株主が負うリスクが増大するため、より高い収益率を要求するようになるという考え方に基づいています。

数式で表すと、r<sub>E</sub> = r<sub>0</sub> + (r<sub>0</sub> – r<sub>D</sub>) × D/E となります。ここでr<sub>E</sub>は株主資本コスト、r<sub>0</sub>は無借金企業の株主資本コスト、r<sub>D</sub>は負債コスト、D/Eは負債と株主資本の比率を示しています。

この式が示すように、負債比率(D/E)が上昇するにつれて、株主資本コスト(r<sub>E</sub>)は直線的に増加します。この関係性は、企業が負債を増やすことで得られる財務レバレッジの利益が、株主が負担する追加的な財務リスクによって相殺されることを意味しています。

第二命題は、企業の加重平均資本コスト(WACC)が資本構成に関わらず一定であるという第一命題を支持する形で、負債利用と株主資本コストの関係を明確に示しました。

2-3. MM理論の前提条件と仮定

MM理論は、以下のような完全資本市場の条件を前提としています。

完全情報:すべての投資家が同じ情報を持ち、企業の将来収益に関する予測も同一です。

取引コストの不在:証券の売買に際して取引コストや税金が存在しません。

無リスク借入:投資家も企業も同じ金利で借入ができ、デフォルトリスクはありません。

合理的投資家:投資家は常に自らの経済的利益を最大化するよう行動します。

税金の不在:法人税や個人所得税などの税制が存在しません。

倒産コストの不在:企業が倒産しても、それに伴う特別なコストは発生しません。

これらの前提条件は、現実の市場環境と大きく乖離しており、MM理論の現実適用を考える際の重要な制約となります。しかし、これらの理想的条件を出発点とすることで、現実の不完全性がもたらす影響を体系的に分析する理論的基盤を提供しました。

MM理論の大きな貢献の一つは、これらの前提条件を緩和することで、より現実的な市場環境下での企業の最適資本構成を探求する後続研究の道を開いたことにあります。

3. 法人税を考慮したMM理論

3-1. 法人税が企業価値に与える影響

モディリアーニとミラーは、1963年に発表した論文で彼らの理論を拡張し、法人税を考慮した場合の資本構成と企業価値の関係を分析しました。法人税を考慮すると、MM理論の結論は大きく変わります。

法人税が存在する環境では、企業が支払う支払利息は税務上の費用として控除できるため、負債を利用することで「節税効果」が生まれます。この節税効果は、企業価値を高める要因となります。

法人税を考慮したMM理論の修正版では、負債を利用している企業の価値(V<sub>L</sub>)は、無借金企業の価値(V<sub>U</sub>)に負債による節税効果の現在価値(TD)を加えたものになります。数式で表すと、V<sub>L</sub> = V<sub>U</sub> + TD となります。ここでTは法人税率、Dは負債額を示しています。

この修正により、企業は理論上、可能な限り負債を増やすことで企業価値を最大化できるという結論が導かれます。これは当初のMM理論とは対照的な結論であり、現実の企業行動をより適切に説明するものとなりました。

3-2. 負債の節税効果とその計算方法

負債の節税効果は、企業が負債を利用することで得られる税務上の利益を指します。企業が負債の利息を支払うと、その利息は税務上の経費として認められ、課税所得が減少します。

節税効果の大きさは、支払利息と法人税率の積で計算されます。つまり、利息支払額 × 法人税率となります。例えば、企業が100万円の利息を支払い、法人税率が30%であれば、30万円の節税効果が生まれます。

負債の節税効果の現在価値は、将来にわたって発生する節税効果をすべて現在価値に割り引いたものです。永続的な負債を想定した場合、節税効果の現在価値は単純に T×D となります。ここでTは法人税率、Dは負債額です。

この節税効果の存在により、企業は適切な負債比率を選択することで企業価値を高められる可能性があります。ただし、現実には負債の増加に伴う倒産リスクの上昇や財務的柔軟性の低下など、負債利用のデメリットも考慮する必要があります。

3-3. 最適資本構成の理論的考察

法人税を考慮したMM理論の単純な解釈では、企業は可能な限り負債を増やすことで企業価値を最大化できるという結論になります。しかし、現実の企業がそのような極端な資本構成を選択しないのは、負債増加に伴う様々なコストが存在するためです。

最適資本構成に関する現代的な理論では、法人税による節税効果と負債増加に伴うコスト(倒産コストや財務的柔軟性の低下など)のバランスを考慮します。これは「トレードオフ理論」と呼ばれる考え方です。

トレードオフ理論によれば、企業の最適資本構成は、負債の限界的な節税効果と限界的な倒産コストが等しくなる点で決まります。つまり、負債を増やすことによる追加的な税務上の利益が、追加的な倒産リスクや柔軟性喪失のコストと等しくなる点が最適であるというものです。

このような理論的枠組みは、現実の企業の資本構成決定をより適切に説明するものとなりました。企業は単純に税務上の利益を最大化するだけでなく、様々なコストとベネフィットを総合的に考慮して最適な資本構成を選択します。

4. MM理論の現実的応用と限界

4-1. 現実市場における前提条件の限界

MM理論は理論的に洗練されたモデルを提供していますが、その前提条件は現実の市場環境と大きく乖離しています。この乖離が、理論の現実適用における主要な限界となっています。

現実の市場には情報の非対称性が存在し、企業の経営者は外部投資家よりも多くの情報を持っています。また、証券取引には取引コストやマーケットインパクトが発生し、完全競争市場の仮定は成立しません。

さらに、現実の投資家は常に合理的に行動するわけではなく、行動経済学的な要素も企業価値評価に影響を与えます。税制も複雑で、法人税だけでなく個人所得税や配当課税なども考慮する必要があります。

これらの現実的な制約がある中でも、MM理論は企業の資本構成を考える際の理論的出発点として重要な役割を果たしています。理論の前提条件と現実の乖離を認識した上で、その洞察を適切に応用することが実務家にとって重要です。

4-2. 倒産コストと財務的困窮コストの考慮

MM理論の当初のモデルでは、企業の倒産可能性とそれに伴うコストは考慮されていませんでした。しかし、現実には負債比率が高まるにつれて倒産のリスクも高まり、それに関連する様々なコストが発生します。

倒産コストには直接的なコスト(法的手続きの費用、資産の投売りによる損失など)と間接的なコスト(顧客や取引先の信頼喪失、優秀な人材の流出など)があります。これらのコストの存在は、企業が極端に高い負債比率を選択しない理由の一つとなっています。

財務的困窮コストは、企業が倒産に至らなくても、財務的に厳しい状況に陥った場合に発生するコストを指します。例えば、投資機会を活かせない機会損失や、取引条件の悪化などが挙げられます。

これらのコストを考慮に入れると、企業の最適資本構成は、負債の節税効果と倒産・財務的困窮コストのバランスを取る点に決まるという「トレードオフ理論」の考え方が導かれます。この理論は、現実の企業行動をより適切に説明するモデルとして広く受け入れられています。

4-3. エージェンシーコストと情報の非対称性

MM理論では、経営者と株主・債権者の間の利害の不一致(エージェンシー問題)や情報の非対称性についても考慮されていません。しかし、これらの要素は企業の資本構成決定に大きな影響を与えます。

エージェンシーコストとは、所有と経営の分離によって生じる監視コストやインセンティブの不一致から生じるコストを指します。例えば、経営者が株主よりもリスク回避的である場合、企業の投資決定に歪みが生じる可能性があります。

また、経営者は外部投資家よりも企業の将来性について多くの情報を持っているという情報の非対称性も存在します。この状況下では、企業の資金調達方法が市場に対して情報を伝達する「シグナル」として機能することがあります。

これらの要素を考慮した「ペッキングオーダー理論」では、企業は情報の非対称性に関連するコストを最小化するため、内部留保、負債、新株発行の順に資金調達を行うと説明されています。この理論も、現実の企業行動を理解する上で重要な視点を提供しています。

5. MM理論と資金調達戦略

5-1. 負債と株式のバランス – 理論と実務

MM理論とその発展的理論は、企業の最適な資本構成について重要な示唆を提供していますが、実務においては様々な要因を総合的に考慮する必要があります。

実務的な観点からは、企業の成長段階や業界特性によって適切な負債と株式のバランスは異なります。成長初期の企業は将来の不確実性が高いため、比較的低い負債比率を維持することが一般的です。一方、安定したキャッシュフローを持つ成熟企業は、より高い負債比率を選択できる傾向があります。

また、業界特性も重要な要素です。収益の変動性が高い業界(テクノロジーやバイオテクノロジーなど)の企業は、低い負債比率を維持する傾向があります。対照的に、収益が安定している業界(公益事業など)の企業は、より高い負債比率を選択できます。

企業の財務担当者は、理論的な最適資本構成を念頭に置きつつも、自社の特性や経営環境、将来の資金需要などを総合的に考慮して資本構成を決定する必要があります。

5-2. 企業の資本政策決定のフレームワーク

企業の資本政策を決定する際には、以下のようなフレームワークが有用です。

まず、企業の事業リスクと将来の資金需要を評価します。収益の変動性が高い企業や大規模な投資計画を持つ企業は、財務的な柔軟性を確保するために比較的低い負債比率を維持することが望ましいでしょう。

次に、法人税率と節税効果を考慮します。法人税率が高い環境では、負債の節税効果がより大きくなるため、適度な負債の活用が企業価値を高める可能性があります。

さらに、企業の信用格付けと資金調達コストの関係を評価します。過度な負債は信用格付けの低下を招き、資金調達コストの上昇につながる可能性があります。このトレードオフを慎重に分析する必要があります。

最後に、業界平均や競合他社の資本構成も参考にします。同業他社と大きく異なる資本構成を選択する場合には、その根拠を明確にしておくことが重要です。

このようなフレームワークに基づいて資本政策を決定することで、企業は理論と実務のバランスを取りながら、自社に最適な資本構成を選択することができます。定期的な見直しも重要であり、経営環境の変化に応じて資本政策を調整していくことが望ましいでしょう。

5-3. 資本コスト最小化と企業価値最大化の戦略

企業価値を最大化するためには、資本コストを最小化しつつ、投資収益率を高めることが重要です。MM理論の枠組みを応用した資本コスト最小化と企業価値最大化の戦略について考察します。

加重平均資本コスト(WACC)は、企業の資本構成を反映した総資本コストであり、以下の式で表されます。

WACC = r<sub>E</sub> × E/(D+E) + r<sub>D</sub> × (1-T) × D/(D+E)

ここで、r<sub>E</sub>は株主資本コスト、r<sub>D</sub>は負債コスト、Eは株主資本の市場価値、Dは負債の市場価値、Tは法人税率です。

法人税を考慮すると、適切な負債の活用によってWACCを低減できる可能性があります。しかし、過度な負債は倒産リスクを高め、r<sub>D</sub>とr<sub>E</sub>の両方を上昇させる可能性があるため、バランスが重要です。

企業価値最大化の観点からは、以下の戦略が考えられます。

まず、収益性の高いプロジェクトへの投資を優先することです。資本コストを上回る収益率を持つプロジェクトに投資することで、企業価値を高めることができます。

次に、成長機会に応じた資本構成の最適化を図ることです。成長機会が豊富な企業は財務的柔軟性を確保するために比較的低い負債比率を維持し、成熟期の企業はより積極的に負債を活用して節税効果を享受することが考えられます。

また、シグナリング効果を考慮した資金調達方法の選択も重要です。例えば、新株発行は経営者が自社株式を過大評価していると市場に受け取られることがあるため、情報の非対称性が高い状況では内部留保や負債による資金調達が望ましい場合があります。

これらの戦略を総合的に検討し、企業の特性や経営環境に応じた最適な資本政策を選択することが、企業価値の最大化につながります。

6. MM理論と関連する財務理論

6-1. トレードオフ理論との比較

トレードオフ理論は、MM理論を発展させた理論の一つであり、負債の節税効果と倒産コストのバランスに焦点を当てています。この理論によれば、企業の最適資本構成は、負債増加による限界的な節税効果と限界的な倒産コストが等しくなる点で決まります。

MM理論が完全市場を前提とし、法人税を考慮した場合に極端な負債依存の結論に至るのに対し、トレードオフ理論はより現実的な要素を取り入れることで、中程度の負債比率が最適であるという結論を導いています。

トレードオフ理論では、業界特性や企業の特性によって最適な負債比率は異なると考えます。例えば、有形資産が多く収益が安定している企業は比較的高い負債比率が望ましく、無形資産が多く収益の変動性が高い企業は低い負債比率が望ましいとされています。

このように、トレードオフ理論はMM理論の基本的な枠組みを維持しつつも、現実の不完全性を考慮に入れることで、より実践的な示唆を提供しています。企業の資本構成決定における理論的基盤として、MM理論と並んで重要な位置を占めています。

6-2. ペッキングオーダー理論との関連性

ペッキングオーダー理論は、情報の非対称性に焦点を当てた資本構成理論です。この理論によれば、情報の非対称性に関連するコストを最小化するため、企業は内部留保、負債、新株発行の順に資金調達を選好します。

MM理論が資本市場の完全性を前提とするのに対し、ペッキングオーダー理論は情報の非対称性という市場の不完全性に着目しています。経営者は外部投資家よりも企業の将来性について多くの情報を持っているため、資金調達方法の選択が企業の質に関するシグナルとして機能するという考え方です。

例えば、新株発行は市場から「企業の株価が割高である」というシグナルとして解釈される傾向があります。そのため、情報の非対称性が大きい場合、企業は新株発行よりも負債による資金調達を選好するというものです。

ペッキングオーダー理論は、企業がなぜ特定の目標負債比率に向けて調整するのではなく、資金需要に応じて段階的に異なる資金調達手段を選択するのかを説明する上で有用です。MM理論と相補的な視点を提供することで、企業の資本構成決定の理解を深めることに貢献しています。

6-3. シグナリング理論からの考察

シグナリング理論は、企業の財務意思決定が市場に対して情報を伝達する「シグナル」として機能するという考え方です。特に情報の非対称性が存在する状況では、企業の資本構成や配当政策などの決定が、経営者の持つ非公開情報を市場に伝える手段となることがあります。

MM理論の完全情報の前提と異なり、シグナリング理論は情報の非対称性を明示的に考慮しています。例えば、負債の増加は企業が将来のキャッシュフローに自信を持っていることのシグナルとして解釈されることがあります。経営者が倒産リスクを高めても良いと考えているからこそ、負債を増やす決断をしたと市場が解釈するためです。

同様に、配当の増加も企業の将来収益に対する経営者の自信を示すシグナルとして機能することがあります。安定的な高配当を維持できるだけの収益力があると経営者が判断しているという情報を市場に伝えるためです。

シグナリング理論は、MM理論の完全情報の前提を緩和することで、企業の財務政策決定と市場価値の関係についてより豊かな洞察を提供しています。企業は単に資本コストを最小化するだけでなく、市場に対して適切な情報を伝達するという観点からも財務政策を検討することが重要です。

7. 日本企業におけるMM理論の適用

7-1. 日本企業の資本構成の特徴と変遷

日本企業の資本構成は、国際的に見ても特徴的な変遷を遂げてきました。1980年代までの日本企業は、メインバンク制度の下で比較的高い負債比率を維持していました。これは銀行を中心とした金融システムの特性を反映したものであり、企業と銀行の密接な関係が情報の非対称性を緩和し、高い負債比率を可能にしていました。

1990年代のバブル崩壊以降、日本企業は「失われた20年」と呼ばれる長期的な経済停滞の中で、財務体質の強化を進めてきました。多くの企業が負債の返済を進め、内部留保を蓄積することで自己資本比率を高めてきました。

2000年代以降、日本企業の平均的な自己資本比率は上昇を続け、現在では国際的に見ても比較的高い水準にあります。特に大企業を中心に「現金持ち企業」と呼ばれるほど潤沢な内部留保を持つ企業が増加しました。

このような日本企業の資本構成の変遷は、MM理論だけでは十分に説明できない部分があります。経済環境の変化や企業統治の特性、リスク選好の変化など、複合的な要因を考慮する必要があるでしょう。

7-2. 日本の資本市場環境とMM理論の適用可能性

日本の資本市場環境は、MM理論の前提条件と比較していくつかの特徴的な違いがあります。これらの違いは、MM理論の日本企業への適用を考える際に考慮すべき重要な点です。

まず、日本の企業統治構造の特殊性が挙げられます。伝統的に日本企業では株主以外のステークホルダー(従業員、取引先、地域社会など)も重視される傾向があり、純粋な株主価値最大化を追求するという前提が必ずしも成立しない場合があります。

また、日本の税制や会計制度の特徴も考慮する必要があります。日本の法人税率は国際的に見ても比較的高い水準にあるため、理論上は負債の節税効果が大きいはずですが、実際には多くの日本企業が低い負債比率を選択しています。

さらに、日本の資本市場の流動性や価格形成の効率性も、国際的な基準と比較して検討する必要があります。市場の効率性が低い場合、MM理論の前提である裁定取引のメカニズムが十分に機能しない可能性があります。

これらの特徴を踏まえると、MM理論を日本企業に適用する際には、日本固有の制度的・文化的要因を考慮に入れた修正が必要であると言えるでしょう。

7-3. 実践事例と日本企業への示唆

日本企業の中にも、MM理論の洞察を活かした資本政策の見直しを進める企業が増えています。特に2010年代以降、コーポレートガバナンス改革の流れの中で、資本効率の向上や株主還元の強化を進める企業が増加しました。

例えば、自己資本比率が過度に高い企業の中には、自社株買いや増配などの株主還元策を強化したり、負債を活用した投資を拡大したりすることで、資本構成の最適化を図る動きが見られます。これはMM理論の延長線上にある「トレードオフ理論」の考え方と整合的です。

また、一部の日本企業では、ROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)などの資本効率指標を経営目標として明示的に設定し、最適な資本構成を意識した経営を進める例も増えています。

日本企業への示唆としては、MM理論の基本的な洞察を理解した上で、自社の事業特性や経営環境に応じた最適な資本構成を検討することの重要性が挙げられます。過度に保守的な財務政策は資本効率の低下につながる可能性がある一方で、過度なレバレッジは財務リスクを高める可能性があります。

バランスの取れた資本政策を検討する際の理論的基盤として、MM理論とその発展的理論は今日でも重要な役割を果たしています。

8. MM理論の計算例と解法

8-1. 企業価値評価の基本計算

MM理論に基づく企業価値評価の基本的な計算方法を具体例で説明します。まず、無借金企業の価値(V<sub>U</sub>)は、将来の営業キャッシュフローを資本コストで割り引いた現在価値として計算されます。

例えば、ある企業の年間営業キャッシュフローが1億円で、これが永続的に発生すると仮定します。企業の事業リスクに応じた割引率(無借金企業の資本コスト)が10%だとすると、企業価値は以下のように計算できます。

V<sub>U</sub> = 営業キャッシュフロー ÷ 割引率 = 1億円 ÷ 0.1 = 10億円

次に、法人税を考慮したMM理論に基づいて、負債を利用している企業の価値(V<sub>L</sub>)を計算します。法人税率を30%、負債額を4億円とすると、負債の節税効果は以下のように計算できます。

節税効果の現在価値 = 負債額 × 法人税率 = 4億円 × 0.3 = 1.2億円

したがって、負債を利用している企業の価値は次のようになります。

V<sub>L</sub> = V<sub>U</sub> + 節税効果の現在価値 = 10億円 + 1.2億円 = 11.2億円

この例から、法人税を考慮すると負債の利用によって企業価値が増加することがわかります。ただし、この単純な計算では倒産コストなどの負債のデメリットは考慮されていないため、実務での応用には注意が必要です。

8-2. 加重平均資本コスト(WACC)の算出方法

加重平均資本コスト(WACC)は、企業の総資本コストを表す重要な指標です。MM理論の枠組みを用いてWACCを算出する方法を具体例で説明します。

WACCの基本計算式は以下の通りです。

WACC = r<sub>E</sub> × E/(D+E) + r<sub>D</sub> × (1-T) × D/(D+E)

ここで、r<sub>E</sub>は株主資本コスト、r<sub>D</sub>は負債コスト、Eは株主資本の市場価値、Dは負債の市場価値、Tは法人税率です。

MM理論の第二命題を用いると、株主資本コスト(r<sub>E</sub>)は以下のように計算できます。

r<sub>E</sub> = r<sub>0</sub> + (r<sub>0</sub> – r<sub>D</sub>) × D/E

ここでr<sub>0</sub>は無借金企業の株主資本コストです。

具体例として、以下の条件を考えてみましょう。

  • 無借金企業の株主資本コスト(r<sub>0</sub>)= 10%
  • 負債コスト(r<sub>D</sub>)= 4%
  • 負債の市場価値(D)= 4億円
  • 株主資本の市場価値(E)= 6億円
  • 法人税率(T)= 30%

まず、MM理論の第二命題を用いて株主資本コストを計算します。

r<sub>E</sub> = 10% + (10% – 4%) × (4億円 ÷ 6億円) = 10% + 6% × 2/3 = 10% + 4% = 14%

次に、WACCを計算します。

WACC = 14% × (6億円 ÷ 10億円) + 4% × (1 – 0.3) × (4億円 ÷ 10億円) = 14% × 0.6 + 4% × 0.7 × 0.4 = 8.4% + 1.12% = 9.52%

このように、法人税を考慮すると、WACCは無借金企業の資本コスト(この例では10%)よりも低くなります。これは負債の節税効果によるものであり、適切な負債の活用が企業の資本コストを低減させる可能性を示しています。

8-3. 負債の節税効果の現在価値計算

負債の節税効果の現在価値は、MM理論において法人税が企業価値に与える影響を定量化する重要な要素です。以下では、負債の節税効果の現在価値を計算する方法について具体例を用いて説明します。

最も単純な場合、負債が永続的に維持されると仮定すると、節税効果の現在価値は以下の式で計算できます。

節税効果の現在価値 = 負債額 × 法人税率

例えば、企業が5億円の負債を永続的に維持し、法人税率が30%であれば、節税効果の現在価値は次のようになります。

節税効果の現在価値 = 5億円 × 0.3 = 1.5億円

しかし、実際には負債は有限の期間で返済されることが多いため、より複雑な計算が必要になります。負債が毎年一定額ずつ返済される場合、各年の節税効果を適切な割引率で現在価値に割り引いて合計する必要があります。

例えば、5億円の負債を5年間で均等返済する場合(毎年1億円ずつ返済)、毎年の支払利息と節税効果は減少していきます。初年度の利息が5億円 × 4% = 2,000万円、法人税率が30%とすると、初年度の節税効果は2,000万円 × 0.3 = 600万円となります。

このような場合、各年の節税効果を適切な割引率(通常は税引後の負債コスト)で現在価値に割り引いて合計することで、節税効果の総現在価値を算出します。

より複雑なケースでは、負債の返済スケジュールや金利の変動、法人税率の変化なども考慮する必要があります。実務においては、これらの要素を組み込んだキャッシュフローモデルを構築して、節税効果の現在価値を精緻に計算することが重要です。

9. MM理論と試験対策

9-1. 中小企業診断士試験におけるMM理論

中小企業診断士試験において、MM理論は財務・会計分野の重要なトピックの一つとして出題されることがあります。特に、「財務・会計」や「経営法務」の科目で関連問題が出題される可能性があります。

中小企業診断士試験では、MM理論の基本的な考え方や命題の理解が問われることが多く、具体的な計算問題よりも理論の概念理解を問う問題が中心となります。例えば、MM理論の前提条件や、資本構成と企業価値の関係に関する問題などが出題されます。

試験対策としては、MM理論の基本命題(第一命題と第二命題)とその意味を正確に理解することが重要です。また、法人税を考慮した場合のMM理論の修正版についても理解しておく必要があります。

さらに、MM理論と関連する財務理論(トレードオフ理論、ペッキングオーダー理論など)の違いや関連性についても整理しておくことが望ましいでしょう。これらの理論が企業の資本構成決定にどのような示唆を与えるかを理解することが、実践的な問題への対応力を高めるために重要です。

9-2. ファイナンス関連資格試験での出題ポイント

MM理論は、証券アナリスト試験やCFA(公認金融アナリスト)試験などのファイナンス関連資格試験でも重要なトピックとして扱われます。これらの試験では、MM理論の理論的基礎から実務的応用まで幅広く出題される傾向があります。

主な出題ポイントとしては、以下のような内容が挙げられます。

第一命題と第二命題の数理的理解と証明:MM理論の数理的な背景とその証明過程に関する理解が問われることがあります。

法人税効果の定量的分析:法人税を考慮した場合の企業価値の変化や最適資本構成に関する計算問題が出題されることがあります。

現実市場への応用と限界:MM理論の前提条件と現実市場との乖離、およびその影響に関する理解が問われることがあります。

資本コスト(WACC)の算出:MM理論の枠組みを用いた資本コストの計算方法に関する問題が出題されることがあります。

これらの資格試験では、単なる理論の暗記だけでなく、実務的な応用力も求められます。具体的な企業事例を用いて資本構成決定のプロセスを説明できるレベルの理解を目指すことが望ましいでしょう。

9-3. 典型的な問題と解答テクニック

MM理論に関する試験問題には、いくつかの典型的なパターンがあります。ここでは、代表的な問題タイプとその解答テクニックを紹介します。

【問題タイプ1:理論の基本概念を問う問題】 このタイプの問題では、MM理論の基本的な考え方や命題の理解が問われます。解答には、MM理論の定義や前提条件を正確に述べ、第一命題と第二命題の内容を明確に説明することが重要です。数式を用いた説明も効果的です。

【問題タイプ2:計算問題】 MM理論に基づく企業価値や資本コストの計算問題では、与えられた情報を整理し、適切な計算式に当てはめることがポイントです。特に、法人税を考慮する場合としない場合で計算式が異なることに注意が必要です。

【問題タイプ3:応用問題】 MM理論の実務的な応用や限界に関する問題では、理論の前提条件と現実市場の乖離を具体的に指摘し、その影響を論理的に説明することが求められます。トレードオフ理論やペッキングオーダー理論との比較も効果的です。

解答テクニックとしては、以下の点に注意するとよいでしょう。

キーワードの明示:「MM理論」「第一命題」「第二命題」「完全資本市場」「節税効果」など、重要なキーワードを明示的に用いることで、理解度をアピールします。

図表の活用:資本構成と企業価値の関係や、負債比率と資本コストの関係などを図表で示すことで、理解を深めるとともに解答の質を高めることができます。

具体例の提示:抽象的な理論を具体的な数値例で説明することで、理解度をアピールするとともに、実務的な応用力を示すことができます。

これらのテクニックを活用することで、MM理論に関する試験問題に効果的に対応することができるでしょう。

10. まとめ

MM理論は、企業の資本構成と企業価値の関係を体系的に分析する理論的枠組みを提供した革新的な理論です。フランコ・モディリアーニとマートン・ミラーによって1958年に発表されたこの理論は、現代のコーポレートファイナンスの基礎となる考え方を形成しました。

MM理論の第一命題は、完全資本市場の条件下では企業価値は資本構成に依存しないというものです。企業価値は企業の実物資産から生み出される将来キャッシュフローによってのみ決定されるという洞察は、企業の投資決定と資金調達決定を分離して考えることの重要性を示しました。

第二命題は、企業の株主資本コストが負債比率の上昇に伴って直線的に増加するというものです。これにより、負債利用による財務レバレッジの利益が、株主資本コストの上昇によって相殺されることが示されました。

法人税を考慮したMM理論の修正版では、負債の節税効果によって企業価値が高まる可能性が示されました。しかし、現実には倒産コストやエージェンシーコスト、情報の非対称性などの要素が存在するため、企業の最適資本構成は負債の節税効果と様々なコストのバランスを取る点に決まるという「トレードオフ理論」の考え方が広く受け入れられています。

MM理論は完全資本市場という非現実的な前提に基づいているという限界がありますが、その理論的枠組みは企業の資本構成を考える上での出発点として今日も重要な役割を果たしています。理論の前提条件と現実の乖離を認識した上で、その洞察を適切に応用することが実務家にとって重要です。

金融や経営の専門家を目指す方々にとって、MM理論とその発展的理論の理解は必須の知識です。中小企業診断士試験やファイナンス関連資格試験でも重要なトピックとして扱われますので、理論の基本概念から実務的応用まで幅広く学ぶことが望ましいでしょう。

企業の財務担当者や経営者は、MM理論の洞察を踏まえつつ、自社の特性や経営環境に応じた最適な資本構成を検討することで、企業価値の向上に貢献することができます。理論と実務のバランスを取りながら、長期的視点に立った資本政策の決定が重要です。

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