この記事の要点
- グリーンファイナンスとトランジションファイナンスの基本的な定義から実務での違いまでを、企業の実務担当者向けに体系的に解説する記事です。
- 両制度の申請手続き、コスト比較、必要書類、情報開示要件など、実務で必要となる具体的な違いを、事例を交えながら詳しく説明します。
- 企業が自社に適した制度を選択するためのチェックリストや、グリーンウォッシュを回避するポイント、投資家への効果的な説明方法まで網羅します。

1. グリーンファイナンスとトランジションファイナンスの基礎
環境・社会課題の解決に向けた企業の取り組みを支援する金融の仕組みは、近年急速な進化を遂げています。
パリ協定の目標達成やカーボンニュートラルの実現に向けて、企業の資金調達手法は多様化しています。その中でも注目を集めているのが、グリーンファイナンスとトランジションファイナンスという2つの資金調達手法となっています。
1-1. グリーンファイナンスとは
グリーンファイナンスは、環境保全や気候変動対策に直接的な効果をもたらすプロジェクトへの資金提供を目的とした金融手法です。再生可能エネルギーの導入や省エネルギー設備の整備など、明確な環境改善効果が見込まれる事業が対象となります。
資金使途が環境改善に限定されており、調達資金は100%環境関連プロジェクトに充当することが求められます。国際資本市場協会(ICMA)が定めるグリーンボンド原則に準拠した厳格な基準に基づいて発行されることが特徴的です。
1-2. トランジションファイナンスとは
トランジションファイナンスは、低炭素社会への移行(トランジション)に向けた取り組みを支援する金融手法です。特に、CO2排出量の多い産業における脱炭素化への段階的な移行を支援することを目的としています。
製鉄所における省エネ設備の導入や、化学プラントでの燃料転換など、即座にグリーン化することが困難な産業における漸進的な環境負荷低減の取り組みを支援する役割を担っています。
1-3. 2つの資金調達手法の定義と特徴
両者の最も大きな違いは、環境改善効果の発現時期と対象範囲にあります。グリーンファイナンスが即時的な環境改善効果を求めるのに対し、トランジションファイナンスは中長期的な視点で段階的な改善を評価します。
グリーンファイナンスは環境技術が確立された分野での活用が中心となる一方、トランジションファイナンスは技術開発途上の分野でも活用が可能です。また、トランジションファイナンスでは、企業の環境戦略全体との整合性や移行計画の実現可能性が重視されます。
両制度は相互に補完的な関係にあり、企業の状況や目指す環境改善効果に応じて使い分けることで、効果的な資金調達が可能となっています。
2. 両者の違いを理解する
2-1. 資金使途の範囲と対象プロジェクト
グリーンファイナンスの資金使途は、再生可能エネルギー発電設備の建設や、環境配慮型建築物の整備など、直接的な環境改善効果が明確な事業に限定されています。調達資金は環境関連プロジェクトに100%充当することが原則となっています。
トランジションファイナンスの資金使途は、既存設備の省エネ化や燃料転換など、段階的な環境負荷低減につながる幅広い取り組みが対象となります。製造工程の効率化や研究開発投資なども、脱炭素化への移行計画に沿ったものであれば対象となり得ます。
2-2. 評価基準と認定プロセスの違い
グリーンファイナンスは、国際資本市場協会(ICMA)のグリーンボンド原則に基づく明確な評価基準が確立されています。環境改善効果の定量的な測定が可能であり、第三者機関による客観的な評価を受けることが一般的です。
トランジションファイナンスでは、企業の移行戦略全体を評価する必要があるため、より複合的な評価基準が適用されます。業界別の脱炭素化ロードマップとの整合性や、企業の長期的な環境戦略の実現可能性が重要な評価ポイントとなっています。
2-3. 投資家から見た魅力と期待効果
グリーンファイナンスは、環境改善効果が明確で評価基準が確立されているため、ESG投資を重視する投資家からの信頼性が高いといえます。調達資金の使途が限定されているため、環境負荷低減効果の測定や報告が比較的容易です。
一方、トランジションファイナンスは、従来型産業の脱炭素化を支援する役割を担っているため、より広範な産業転換への貢献が期待されています。業界全体の構造転換を促進する効果が期待され、社会全体の持続可能性向上に寄与する可能性を秘めています。
2-4. リスクと課題の比較
グリーンファイナンスの主なリスクは、適格プロジェクトの範囲が限定的であることや、環境技術の進歩に伴う陳腐化リスクが挙げられます。また、環境改善効果の測定・評価手法の標準化が課題となることもあります。
トランジションファイナンスでは、長期的な移行計画の実現可能性評価や、進捗モニタリングの複雑さがリスク要因となります。また、グリーンウォッシュ(環境配慮を装った見せかけの取り組み)との区別が難しい場合もあり、より慎重な評価が必要となっています。
3. 実務的な観点からの違い
3-1. 申請手続きと必要書類の違い
グリーンファイナンスの申請では、環境改善効果の定量的な評価データや、具体的な資金使途計画の提示が求められます。国際資本市場協会(ICMA)のグリーンボンド原則に準拠した資金管理体制の説明や、環境改善効果の測定方法に関する詳細な資料が必要となります。
トランジションファイナンスの申請では、企業の長期的な脱炭素化戦略と、具体的な移行計画の提示が重要となります。業界別の脱炭素化ロードマップとの整合性を示す資料や、段階的な環境負荷低減目標の達成に向けた具体的なアクションプランの提示が求められます。
3-2. 資金調達コストの比較
グリーンファイナンスは、環境改善効果が明確で評価基準が確立されているため、一般的な社債やローンと比較して有利な条件での資金調達が可能となる場合があります。第三者機関による評価費用は発生するものの、ESG投資家からの需要が高いことから、相対的に低いコストでの調達が期待できます。
トランジションファイナンスは、評価プロセスがより複雑となるため、初期の手続きコストは比較的高くなる傾向にあります。ただし、長期的な視点では、企業の環境戦略全体の実現に向けた安定的な資金調達手段として機能することから、総合的なコストメリットが期待できます。
3-3. モニタリングと情報開示要件
グリーンファイナンスでは、調達資金の使途や環境改善効果について、定期的な報告が求められます。具体的には、資金の充当状況や、環境改善効果の定量的な測定結果を、年次報告書などの形で開示することが一般的となっています。
トランジションファイナンスにおけるモニタリングは、より包括的な報告が求められます。脱炭素化に向けた移行計画の進捗状況や、中間目標の達成度、さらには戦略の見直し状況なども含めた総合的な情報開示が必要となります。
実務担当者には、長期的な視点での情報管理体制の整備や、定期的なレポーティング業務への対応が求められます。特にトランジションファイナンスでは、企業全体の環境戦略との整合性を常に意識した情報管理が重要となります。
4. 制度面での理解
4-1. 国内外の関連ガイドライン
グリーンファイナンスは、国際資本市場協会(ICMA)のグリーンボンド原則が国際的な標準となっています。日本国内においても、環境省が「グリーンボンドガイドライン」を策定し、具体的な運用指針を示しています。
トランジションファイナンスについては、ICMAのクライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブックが国際的な基準として機能しています。経済産業省が公表している「トランジション・ファイナンス基本指針」は、日本企業の実情に即した具体的な指針となっています。
4-2. 政府による支援制度
グリーンファイナンスに関しては、環境省による「グリーンボンド発行促進体制整備支援事業」が整備されています。発行支援者(外部レビュー機関等)に係る登録・評価制度の運営や、発行事例の情報共有などが行われています。
トランジションファイナンスでは、経済産業省を中心に、脱炭素化に向けた技術開発支援や、業種別ロードマップの策定支援などが実施されています。金融機関との連携による資金供給体制の整備も進められています。
4-3. 国際的な認証・評価の仕組み
グリーンファイナンスでは、Climate Bonds Initiative(CBI)による認証制度が国際的に広く認知されています。第三者評価機関による客観的な評価を受けることで、投資家からの信頼性を高めることが可能となっています。
トランジションファイナンスの評価においては、業界別の脱炭素化ロードマップとの整合性評価が重要となります。国際的な評価機関による独自の評価基準も整備されつつあり、評価の標準化に向けた取り組みが進められています。
企業の環境戦略の実現に向けては、これらの制度や支援策を効果的に活用することが重要です。特に、業界特性や企業規模に応じた適切な制度の選択と、効率的な申請手続きの実施が求められます。
5. 企業の実践に向けて
5-1. 自社に適した選択をするためのチェックリスト
企業が環境関連の資金調達手法を選択する際には、以下の観点からの検討が重要となります。現状の環境負荷の状況や、技術的な実現可能性、経営資源の配分などを総合的に評価することが求められます。
環境改善効果の発現時期について、短期的な成果が期待できる場合はグリーンファイナンス、段階的な改善を目指す場合はトランジションファイナンスの選択が適切となります。既存の設備や技術の状況、業界特性なども選択の重要な判断材料となります。
5-2. グリーンウォッシュを回避するためのポイント
環境配慮を装った見せかけの取り組み(グリーンウォッシュ)を回避するためには、具体的な環境改善効果の測定方法や、定量的な目標設定が重要となります。第三者機関による客観的な評価を受けることで、取り組みの信頼性を担保することができます。
特にトランジションファイナンスでは、長期的な移行計画の実現可能性が重要な評価ポイントとなります。技術革新の見通しや、市場環境の変化なども考慮した現実的な計画の策定が求められます。
5-3. 効果的な投資家向け説明のための準備
投資家向けの説明資料では、環境改善効果の具体的な測定方法や、定量的な目標設定を明確に示すことが重要です。企業の環境戦略全体における位置づけや、長期的な価値創造への貢献についても、分かりやすい説明が求められます。
情報開示においては、ESG情報の統合的な報告フレームワークの活用も効果的です。投資家が重視する評価指標を意識した情報提供や、継続的なコミュニケーション体制の整備が必要となります。
なお、投資家との対話においては、環境戦略の実現に向けた経営トップのコミットメントを示すことも重要です。環境負荷低減への取り組みが、企業価値の向上にどのように結びつくのかについての説明も求められます。
6. 両制度の具体的な活用方法
6-1. 業種別の活用可能性
製造業においては、生産設備の省エネ化や燃料転換などの段階的な取り組みが必要となるため、トランジションファイナンスの活用が有効です。一方、再生可能エネルギー事業者や環境技術開発企業では、グリーンファイナンスによる資金調達が適しています。
建設・不動産業では、環境配慮型建築物の開発にグリーンファイナンスを活用し、既存建築物の省エネ改修にトランジションファイナンスを活用するなど、プロジェクトの特性に応じた使い分けが可能です。
6-2. ハイブリッド型の活用事例
複数のプロジェクトを並行して実施する場合、グリーンファイナンスとトランジションファイナンスを組み合わせた資金調達も可能です。既存設備の段階的な環境負荷低減と、新規の環境関連投資を同時に進める場合などが該当します。
ハイブリッド型の活用においては、それぞれの資金使途を明確に区分し、適切な情報開示体制を整備することが重要となります。プロジェクト間の相乗効果を意識した戦略的な資金配分も求められます。
6-3. 中長期的な活用戦略の立て方
環境関連の資金調達は、企業の中長期的な環境戦略と整合性を持って実施することが重要です。段階的な環境負荷低減目標の設定や、技術開発の進展を考慮した実現可能性の高い計画の策定が求められます。
また、投資家との継続的な対話を通じて、環境戦略の進捗状況や見直しの必要性について、適切なコミュニケーションを図ることも重要となります。市場環境の変化や技術革新の動向を踏まえた柔軟な戦略の見直しも必要です。
さらに、グローバルな環境規制の動向や、ESG投資市場の発展を注視しながら、最適な資金調達手法を選択していく必要があります。企業の成長戦略と環境戦略を統合的に推進することで、持続可能な企業価値の向上を実現することが可能となります。
7. まとめ
グリーンファイナンスとトランジションファイナンスは、企業の環境負荷低減に向けた取り組みを支援する重要な資金調達手法となっています。両者の違いを正しく理解し、自社の状況に適した選択を行うことが重要です。
グリーンファイナンスは、環境改善効果が明確で即時的な成果が期待できるプロジェクトに適しています。評価基準が確立されており、ESG投資家からの信頼性も高いという特徴があります。環境技術が確立された分野での活用が中心となります。
トランジションファイナンスは、段階的な環境負荷低減を目指す企業を支援する手法です。特に、CO2排出量の多い産業における脱炭素化への移行を支援する役割を担っています。企業の環境戦略全体との整合性が重要となります。
両制度の活用においては、適切な情報開示体制の整備や、投資家との継続的なコミュニケーションが不可欠です。環境戦略の実現に向けた経営トップのコミットメントと、具体的な実行計画の策定が求められます。
企業の持続可能な成長を実現するためには、これらの資金調達手法を戦略的に活用することが重要となります。市場環境の変化や技術革新の動向を踏まえながら、最適な選択を行うことが求められます。
今後は、グリーンファイナンスとトランジションファイナンスの相互補完的な活用がさらに進むことが予想されます。企業の環境戦略と成長戦略を統合的に推進することで、持続可能な企業価値の向上を実現することができます。

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